SNSやネットの経済討論番組を見ていると、いつも同じ疑問が浮かびます。
「なんでみんなそんなに他人と比較したがるんだろう?」
平均年収だの、貯蓄額の中央値だの、30代の金融資産額だの……。(もちろん、どのような判断をなされても、それは各人の自由です)
それらの数字を聞いて「自分は大丈夫か?」「遅れているんじゃないか?」と一喜一憂している人いませんか?本当に、それを満たせば幸せになれるのでしょうか?
私は違うと思います。
また最近はお金系インフルエンサーのいう「老後資金はXXX万円あれば十分」を真に受けている人が多いのではないかと勝手に想像しています。
はっきり言います。彼ら彼女ら自身も常日頃言っていますが、全て「自己責任」です。
勿論、「今」を大事にすることもとても大切なことだとも思います。
私の目標は下記です。
- FIRE
- FIRE後は労働一切しない
- クルーズ船で世界一周
- 結婚
- 子供3人
そんな私ですが、お金系インフルエンサーがよくいう「大丈夫」という金額で足りると思いますか?
私は「今」を大事にしつつ、自己実現のために日々努力しています。本記事ではそんな私の頭の中について紹介しています。
投資・貯蓄・節約を含め、すべての行動とその結果は自己責任です。またそれらは自己の意思のみによって各人が判断されるものです。
価値観も欲の深さも、人それぞれ違う
- 子供を私立一貫校に通わせて、海外留学もさせたい人
- ミニマリストで、年収300万円で十分満足な人
- 40歳でFIREして世界一周したい人
- 田舎で自給自足に近い生活をしたい人
欲の大きさも、優先順位も、幸せの定義も、全く違うはずです。十人十色といいますよね?
それなのに「平均より上か下か」で一喜一憂するのは、他人の物差しで自分の人生を測っているのと同じです。
平均や中央値という指標にこだわっていなくても他人と比べている場合、上には上がいることが嫌でもわかります。果てしなく続く比較地獄に、自ら飛び込んでいるようなものです。
世界一のお金持ちの資産は一体どれくらいか知っていますか?世界一でなくても、日本一に限定したとしても肩を並べられると本気でお思いですか?
「モチベーション維持のため」という弱い言い訳
「平均を知ることでモチベーションになる」「貯蓄が多すぎるのを防げる」という意見もあることと思います。
もしAIが「極貧でいいんじゃない?」と言ったら、その通りにしますか?
しませんよね。結局、自分のゴールは自分で決めない限り意味がないのです。
他人に「このラインを目指せ」と言われて燃えるなら、それは本当のモチベーションとは呼べないと思います。自分の内側から湧き上がる欲求こそが一番強い原動力になると私は信じています。
自分軸で生きるためのマイルール
- 自分の「豊かさの定義」を明確にする。お金、時間、自由、家族との時間、挑戦。
- 数字は参考程度に留める。平均や中央値は「大多数の人がどうか」という統計でしかありません。 「大多数」になりたいわけではありません。
- 比較対象を「過去の自分」に変える。例えば去年より月平均の貯蓄額が増えたか、資産がどれだけ増えたか、無駄な固定費を削減できたか。
- 情報摂取の仕方を変える。「平均貯蓄額」などの記事をわざわざ見に行くのをやめる。 代わりに「自分の目標達成に必要な金額と方法」にフォーカスする。
最後に
他人と比較して優越感に浸れる瞬間は確かに気持ちいいかもしれません。でもそれは一瞬に過ぎず、すぐに次の比較対象に追いかけられてしまいます。あるいは、その優越感により錯覚し、より大切なことを見逃す可能性もあると思います。

抽象的過ぎて、何言っているのかさっぱりわからない。
具体的には下記です。
- 平均値や中央値を見てそれを上回っても、上には上がいる
- 「平均値や中央値以上だから大丈夫」という思い込み
本当の自由は、自分軸で生き始めた瞬間に始まると思っています。
皆さんは今、どんな人生を送りたいですか?そのために、お金や資産はどのくらい必要ですか?
勿論、人によっては「自分で目標を決められない。考える余裕がない」という人もいると思います。「それで良いんだ」というなら、それも自由です。
どういう判断をしようとも、すべて自己責任なのです(結果も含めて)。なので、本記事も含め、本ブログのどの記事でも、「XXX万円あれば十分」などという無責任なことは書いていないのです。
これからも私は周りに流されず、自己実現のために頑張っていこうと思います(もちろん自己責任です)。



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